日曜日, 4月 22, 2007

資源採掘可能時間

地球が生まれてから今日までの歴史を、「一年間」に例えてみるとどうなるかという話がよくある。

地球誕生を1月1日0時0分とすると、
海が生まれたのが、1/8
2/15に生命が生まれ、11月末にようやく陸上に生物が上陸、
新人、即ち、現在の「ヒト」は、年末にようやく生まれたという話である。

狩猟文明は、12/31 16時頃、
農耕文明は、12/31 23時59分に生まれ、
なんと、工業社会は、12/31 23時59分58秒に誕生したらしい。

現在は、工業社会になってから、2秒後の世界というわけである。

要は、地球の壮大な歴史の中で、人類の歴史というのは、本当に新しいごく一部の最近のものであるということでありましょう。
また、人類は、猛烈な勢いで産業革命以後発展・拡大しているということである。

このようなタイムスパンの中で、地球の持てる資源(ワカッテイル範囲)の採掘が可能な時間を考えると、おおよそ、あと100年程度(現在まで1年とすると0.5秒程度)で、ほとんどの資源は枯渇する見込み。
例としては、
レアメタル系・・・金が20年、銀が30年、銅が50年、タングステンが80年・・・
石油が40年、天然ガスが60年、ウランが70年、そして、石炭は230年・・・・


但し、上記の年数は、基本的には、採掘するだけで、リサイクルや再生・循環技術の発展は考慮しない場合とのことである。

石油は、昔からずっと40年の寿命といわれて久しいらしいが、(笑)
近年の調査によりおおむね、新たな石油資源は見つかり(見つけ尽くされ)、本当に、今後40年しかないとの説が固まりつつあるようだ。
中国は、昔は石油輸出国だったが、今は、輸入国となり、そろそろ、日本の輸入量を超えるらしい。
また、金については、労力とコストの観点から、海水中の金を濃縮して取り出すことは想定していない。

この頃は、レアメタル系は、盗難もあいついでいるのはご承知のとおりである。

その他、今のペースでいくと、森林資源は、400年でおしまい。
もっとひどいところでは、アフリカは120年、アマゾンは250年で森林が無くなってしまう。

漁獲量や穀物生産量についても、一人当たりでいうと、2000年より少々前にピークとなり、現在は、下降をたどっている。
世界一人当たりの耕地面積はここ50年で半分となり、2030年には、三分の一になるといわれている。

即ち、上記を無理矢理、狩猟採掘型や、農耕・漁獲型の資源量ということにすると、一人当たりの量に直してみた場合、20世紀末にピークがおとずれ、既に、下降線を描きつつあるということである。
今後は、これら資源を大量に消費していく、工業型社会は、やはり見直していく必要があろうということのようである。

・浪費は節約へ
・資源は再利用や電子情報技術の活用で
・開発技術は、回復技術へ

すべて見直しが必要であろう。

たとえば、
森林資源を要する紙については、半分が梱包用紙用で残る半分が情報用紙用であり、その情報用紙の3割は新聞。
パピルス以来の便利な紙は、森林資源を食い尽くしつつなりたっているもの。
紙の新聞は電子新聞へ、紙の書籍は電子書籍へ、取引は電子商取引へと変化させていくべきであるということが、正論のようにも思われる。

ところで、
ファクターXというものがあるらしい。
これは、節約度合を示すもので、同一のことをするのに必要なエネルギー量が5分の一になれば、ファクターXは、5となる。
白熱電球を、蛍光灯式電球(ファクターXは、5.3)にする。
さらに発光式ダイオード電球?(ファクターXは、10以上)に替えていくと、必要電気は10分の一になるわけである。
但し、イニシャルコストはかかるし、発光ダイオード電球なるものは、まだ、日常一般的に買えるものでもないようだ。
幸い、蛍光式電球は簡単に入手できるようになりつつある。
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宇宙船地球号として、人類が地球と共生していくには、そろそろ、色々なことを改めていかねばならなくなりつつあるようである。

一部文明優先適用拡大ではなく、伝統や地域毎の価値を見いだしていくなどの価値感も大切になっていくのであろう。
画一的尺度から多様な尺度を認めつつ、独自価値を大切に、有限社会の幸福を大切に・・・ということが、全世界規模から考えられるひとつの帰結である。

工業社会、閉じた社会毎の効率性追求は、全体からみれば、壮大な無駄を生み、資源を食い尽くしつつある。CO2をどんどん生み出し、地球の?キ暖化も進みつつある。
このままでいけば、100年後は新資源、新エネルギーが運良く発見されない限り、地球上での生活は非常に先暗いものとなる。
地球の陸上以外で生活してもいい人は、宇宙や海にでていく。

これらのことを小さな頭で認識しつつ、地球上でやっていくには、
抜本的に、100年前の生活にもどすか、
価値感を変えつつ、sustainable development(持続可能な発展)でやっていくのか、
そろそろ、選択の時期であるようだ。
少なくとも、このままの生活(浪費型、資源使い尽くし型)を続けるわけにはいかないだろう。

さて、こと、日本においては、そろそろ、人口もピークに達し、急激に老齢化社会となっていく。こちらの影響も考えると、どのようなことになっていくのであろうか。また、別途、勉強してみたい。

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地球観点の危機回避政策は、国家や行政のレベル以上で頑張ってほしいところであるが、自らの準備、即ち、認識・・価値感変化への準備ということは各家庭でもやっていけることであろう。

行動上は、以下のことの実践からが簡単である。
・できるだけ自動車にのらない。自転車か公共交通機関を利用する。
・自動車は燃費のよいものにする。
・エアコンの温度設定はひかえめにし、できれば最新のエネルギー消費の少ないものにする。
・冷蔵庫もできれば、最新のエネルギー消費の少ないものにする。
・白熱電球でなく、蛍光電球等にしていく。
・こまめに電気機器の電源を切る。つけっぱなしにしない。
・純正パルプの紙や輸入木材製品を極力使わない。
・割り箸、紙、プラスチック製品など使い捨て製品は極力使わない。
・買う時は、リサイクルできるもの、ゴミにならないものを使う。
・紙やアルミ・ペットボトル、ビンなどはリサイクルする。
・必要以外のものは買わない。。。

いやはや、以上、なんとなく既に理解していることではあるのだが、
いざ、本当に実践していくとなると、
Tyees家の価値感、生活スタイルは、かなり変更をしいられそうでありますね。。。。



参考文献 -- 縮小文明の展望-千年の彼方を目指して--

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